2016年12月5日月曜日

びっこ歩き

 片側の足などに故障があれば、びっこをひく歩き方になります。びっこ歩きは、人目を引きますが、実はどちらが故障している足なのか、他人の目からは、わかりにくいものです。

 故障側の足を「患側(かんそく)」、一方の元気な方の足を「健側(けんそく)」と表現しますが、患側には体重をできるだけ乗せたくないので、自然と接地時間が短くなります。
このような視点で動作を観察するとどちら側が患側なのかがわかります。

 
さて、足に故障がない人でも、接地時間に左右差がある人は少なくありません。
 体重を支えやすい、より強い側の接地時間は長くなり、反対側の足は宙に浮いた時間が長くなるのでストライドも長くなります。左右の接地時間の差はストライドの差として現れます。

 自身のストライドの左右差に気づく人は少ないでしょうが、毎日数千歩は繰り返す歩行動作に左右差があれば、骨盤のポジションを安定させる筋肉の使われ方にも偏りが生じ、体全体のバランスが崩れる可能性も考えられます。
 歩く距離が長い人ほど腰痛が多くなるという報告もありますが、そういうことと関係しているのかも知れません。

2016年7月15日金曜日

臭いニオイは元から絶つ

 その昔、こんなメッセージを前面に出したCMがありました。フタをするのは対症療法。根本的には
ニオイの元を排除することがベター。
 結果には原因があり、原因を退治することが肝要ということです。肩が凝ったからさまざまな方法でほぐす、というのは対症療法。原因になる行動を排除すれば、肩も凝らないことりなります。
 何と言ってもこれが理想といえるでしょう。


 ミラクルな手術技能を持つスーパードクターがTVで紹介されるのを見ていると、病気予防に命を懸けているドクターに光が当たらない?不思議を感じます。
 生死を彷徨う疾患、予期せぬ被災・事故等々平穏な日常が破壊された時、当たり前の日常のありがたさを、恐らく初めて痛感するのでしょう。
 人は不幸に敏感で、幸福への感度は鈍いのかもしれません。
 生じた不幸からの反転は至難の技。なので逆転の秘技を持つスペシャリストには、おのずから注目が集まります。

原因と結果。善因善果、悪因悪果。

 生活習慣病で亡くなっている人が6割という現状があります。原因が生活習慣なら、習慣を改善すればいいと単純にはいかないこの現実。
 何事にも根本の原因を考えるという習慣(事象の本質を捉えようとする思考の習慣)も大事でしょう。

 そして平穏な日常を送れる幸せにも敏感でいたいものです。

2016年6月18日土曜日

ヒザが痛けりゃ歩けない!

ちょうど10年ほど前、運動不足で筋力低下した高齢者に筋トレをすすめる動きが全国に広がりました。動かない生活を続ければ動けない体になる。そうならないように筋肉を刺激して動ける体を目指すというものです。

ところで身近な運動として圧倒的に実践者が多いのがウォーキング。
いつまでも歩ける人というのは歩き続けている人、歩けなくなる人は年齢とともに歩かなくなる人。
となればよく歩く生活を取り入れようとする人が増えるのは当然かも知れません。
けれども一方で 「ヒザが痛けりゃ歩けない」 という現実が横たわっています。ちなみに40歳以上の63%がヒザに不安を抱えているという報告もあります。
恐らくヒザ痛を我慢しながら歩いている人も多いのではないでしょうか。

何事にも原因があって結果があります。ヒザ痛の原因にも色々あると思いますが、歩き方も含め日常の体の使い方に問題があるケースも少なくないのではないかと推測しています。
日常化された動作なので、そこに問題が潜んでいるとは気付きにくいという難点もあります。
 ヒザ周囲の筋力強化という方法が多く行われているようですが、原因となっている可能性がある動作そのものに気づき修正する(=原因を排除する)という視点も忘れないようにしたいものです。

2016年5月29日日曜日

健康づくりのための快メソッド


健康づくりのための運動に関する情報が世の中に溢れています。それを求める声の多さを反映しているのでしょうが、中には首をかしげるような情報もあり、玉石混淆の状況といえそうです。
同じ運動でもAさんにはフィットしても、Bさんには禁忌というメソッドもあります。また適度にやれば効果的でも、過剰に行えば害にもなります。・・・このように書くと「何を、どのようにすればいいのか?」途方にくれてしまうかも知れません。

そこで私は、「自分にとって、いいものかどうかは自分のカラダに聴いてみてください」と伝えるようにしています。キーワードは「快」です。行ってみて「不快」なものは避けるということです。

やり方によって「快」になるならば、その方法で行う。心地よいのでもっと行いたい場合は繰り返す。「もっと行いたい」とカラダが繰り返しの要求をしていない場合はやめ時と考える。という具合に身体感覚を重視しながら行う方法を勧めています。
とても快とは思えないような苦しい顔をしながらストレッチしている人もよく見かけますよね。


理屈で考えて行うことも必要ですが、カラダがいやがっている場合は行わない方が無難です。

例えば「食事の時間だから食べる」というのは当たり前の行為かもしれませんが、その時にカラダが欲しがっていないとすれば、おいしく食べることは不可能です。
 理屈で考えすぎていませんか?体の声に耳を傾けると、必ずしもそれを求めていないこともあります。
カラダにも言い分があります。その声に耳を傾けること。
それは幸せなライフスタイルの原点といえるのかも知れません。

                                                  (改訂版再掲) 

2016年5月14日土曜日

つまずく足が決まっていませんか?

 歩いているとき一方の足が地面に引っかかり体勢を崩したり、転びそうになることがありませんか?そして、その引っかかる足は右あるいは左と、どちらかに決まっていませんか?

    【大腰筋】
 「つま先が引っ掛からないように大腰筋を鍛えましょう」というメッセージが広がったのはもう10年以上前になるかもしれません。大腰筋が弱くなると脚を上方に挙げる力が弱まり、足(foot)が地面から上がりづらくなり、つまずきやすいという理屈です。


歩行時の足裏やつま先と地面との距離はごく僅かです。たしかに大腰筋の弱さもつまずきの原因になるかもしれませんが、骨盤が左右いずれかに傾いている姿勢も、骨盤が下がっている側の足(foot)の方が地面からの距離が小さくなり、よりつまずきやすくなるのではないかと予測しています。

お年寄によく見られる骨盤が後ろに傾き上体が前に曲がっている姿勢も、すり足になりやすく。足が地面に引っかかり、つまずきやすい姿勢といえるかもしれません。

 姿勢は動きやすさに大いに関係していますので、よい姿勢づくりに努めたいものです。
しかも姿勢が変われば10歳くらいは若く見えるというプレミアもつきますよ。

2016年3月9日水曜日

なぜ階段は後ろ向きに下りると楽なのか?

ランチを終え階段を使って一階に下りようとしたところ、手摺りにつかまり後ろ向きに階段を下りている高齢の女性を見かけた。
昨年10月「なぜ階段は後ろ向きに下りると楽なのか?」をサブタイトルにした自著を出版した。これまで駅の階段で横向きに下りる人を何度か見かけたことがあるが、実は後ろ向きに下りる人を見たのはこの時が初めてである。
横向きに下りる人は、おそらく片側のヒザや股関節などに負担をかけたくないのだろう。片側を痛めている場合には都合のいい方法だが、もう一方のヒザには余計な負担がかかるのは仕方ないだろう。
「転倒の危険さえなければ階段は後ろ下りが楽である」と学生に言ったことがある。すると、授業後にある学生が「同居している祖母はいつも階段を後ろ向きで下りている」と教えてくれた。恐らく、この方にとってはこの方法が自力で階段を下りる唯一の方法なのだろう。
さて、冒頭の後ろ向きに下りた高齢女性は、マヒがあるようには見えなかったが平らなところでもぎこちない歩き方をしていた。
前向きに下りることができなくなった人にとって、階段というのは、とてつもないバリアである。横向きにせよ、後ろ向きにせよ自力でバリアを突破するための手段を模索した結果がその方法だったに違いない。

ところで、2005年に「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」というタイトルの本が出版された。会計学の本らしいが、中身は読んでいない。ただタイトルがあまりにも鮮烈だったので今だに記憶から消えない。新著にはこんなタイトルの本がいいなと漠然と考えていた。
そんな流れがあり「なぜ階段は後ろ向きに下りると楽なのか?」がサブタイトルになった。メインタイトルではインパクトが強すぎるかもしれないとサブタイトルに降格になったのだ。
 おまけに前書きの後に、「階段の後ろ下りにはヒザへの負担を軽減する下半身の合理的な使い方が凝縮されていることを理解していただくためであり、日常的に後ろ下りを奨励するものではありません」とPL対策のような注釈をつけた。
 ちょっと弱気すぎたかな?